第二節 問題解決と発見的方法

 

1-2-1 問題解決と問題

(1)問題

 

 われわれは、数学の問題を解く際に、軽々しく、「問題」と呼んでいるが、問題解決に用いられるような「問題」とは何が違うのだろうか。問題とは果たしてなんなのだろうか。

 

 竹内芳男・沢田利夫の『問題から問題へ』[i]の中にこう記されている。

 

「われわれがなんらかの形で課題解決を要求されるような状況に当面し、しかもそれを習慣的手段によって解決しえないような場合には、手段の探索がおこなわれ、その変形が生じ、あるいは手段体系のあたらしい構成が生じるが、このような課題状況に対処する精神機能を思考という。

(平凡社刊「哲学事典」昭和46年, p.572

 この「思考」の定義において、「課題」を「問題」におきかえれば、問題こそ思考活動を誘発する原動力である。[ついでに上掲事典によれば、研究の課題を問題と定義している。(P.1402)

問題のないところでは思考ははたらかない。数学的活動にはすぐれて思考活動が要求される。したがって、数学の学習が成立する前提条件として、問題がなければならない。この意味でも、学習は問題解決であるというデューイのテーゼが深い意味を持つことになる。算数・数学の授業においても、私たちはまずはじめに「導入問題」を提示する。これがこれから行われる学習への動機づけと学習意欲、そして学習のねらいを明示することになる。」

竹内芳男・沢田利夫著(昭和60)『問題から問題へ』初版 第2刷 P.14

 

 つまり、問題とは、思考活動を誘発するような、きまったやり方で解決できないような、どうやったらいいかをいろいろ考えさせるものであると考えられる。

 

(2)問題解決

 

 ポリアはこう述べている。[ii]

「ある問題を解くとは、即座に得られる方法(way)を知らない状況で、ある方法を見いだすこと、困難を抜け出す方法を見いだすこと、障害を迂回する(around)方法を見つけること、望ましい結果を達成することである。そして、それはすぐには達しえないが適切な手段によって達しうるものである。」

 

 

1-2-2 発見法 

 

(1) ポリアの発見学

 

G.ポリアは発見学についてつぎのように言及している。

「発見学を正確に定義することは難しい。論理学か、哲学か、心理学に属する研究でしばしば言及されるが、詳しく論じられた試しもなく、現在では忘れられたも同然の学問である。その目的は、発見や発明の方法と法則を研究することである。… この本は、発見学を近代的な形で復活させ、これにつつましい表現を与えようとしたのである。」[iii]

 

 発見学の定義は難しいという。彼は、この発見学を近代的な形で復活させようとし、著書『いかにして問題をとくか』の中では、「近代発見学」という言葉を用いていた。では、もとの発見学はどんなものであったのだろうか。

 

岩波『哲学・思想事典』[iv] では、「発見技法」という言葉ではあるが、以下のように記載されている。

「発見技法 [ラテン語]ars inveniendi 伝統的論理学・修辞学の中の一部門で、議論の対象となる事柄を発見・着想する技法。キケロ『トピカ』によると、修辞学は、発見、配置、詩姿ないし文体、記憶、講演法の五部門を含み、発見は、論証と感動という二つの目的を有する。ただし、中世への影響においては、キケロによる論理学の二分類、発見・着想(inventio)と、真偽の判別に関わる判断への分類の方が重要である。この二分類は、アリストテレスの論理学的著作の分類に対応し、中世では、分析論・論証論(『分析論前・後書』)と、弁証論・トピカ(『トピカ』と『詭弁論駁論』)への分類として継承された。その際、発見に対応するのは、仮説的な推論、蓋然的な推論、詭弁的命題等に関わるものであり、中世においては代表の理論、ソフィスマータの理論等において発展をとげたが、発見の側面は看過された。→レトリック

 

 アルゴリコラは、キケロによる論理学の発見と判断への分類を踏襲したが、ラムスも、修辞学の伝統を評価し、アリストテレス主義への批判ということから、キケロ流の分類を採用した。この場合、「発見」とは、命題の場合は、中項(medium)を見出すことで、論証を構成することであった。「発見」の概念そのものは、中世論理学にも見出されるが、ラムスの「発見技法」が17世紀に至るまで大きな影響を及ぼしたのは、むしろ「方法」、つまり「既知から未知のものの推論」と「既知の真理の配列(taxis,ordo)」とを連結させたことによる。発見には、分析と統合の二つの過程が含まれるが、解析・分析(analysis)は論理学と数学において異なった発展を遂げた。ヴィエトにおいて、代数と解析は同じものとなり、同時に解析法は、代数的な発見技法と同義となる。ライプニッツは、ヴィエト及びデカルトの代数的幾何学を継承し、代数学の場面で発達した発見をすべての事象に適用することを望み、発見技法を普遍化しようとし、結合法、普遍記号学、一般学に展開した。→普遍記号法

<文献>M.S.マホーニィ(佐々木力訳)『歴史における数学』勁草書房,1982  」

 

 発見に対応するものは、仮説的な推論、蓋然的な推論(これを発見的な推論とも呼んでいる)、詭弁的命題等に関わるもの。ラムスの「発見技法」は、「既知から未知のものの推論」と「既知の心理の配列」を連結させたものだという。

 また、ライプニッツは、ヴィエト、デカルトの代数的幾何学を継承し、代数学の場面で発達した発見をすべての事象に適用させ、普遍化しようと試みた。

 このあたりはポリアにも引き継がれているようにみえる。

 

  ラテン語「ars inveniendi」(発見技法)については、ポリアの上記箇所を原文でたどることでわかる。

「 Heuristic, or heuretic, or “ars inveniendi” was the name of a certain branch of study, not very clearly circumscribed, belonging to logic, or to philosophy, or to psychology, often outlined, seldom presented in detail, and as good as forgotten today. The aim of heuristic is to study the methods and rules of discovery and invention….

 Heuristic, as an adjective, means “serving to discover.”  」

              G.Polya, How to solve it, 1945, pp.112-113

 彼は「Heuristic」を「ars inveniendi」(発見技法)とほぼ同義と捉えているのがわかる。

 

 また、ポリアは、デカルトが『精神指導の規則』[v]で示そうとした「問題を解く普遍的方法」に強い関心を示した。デカルトがあらゆる型の問題に適用できると期待した式は次のとおりである。

「第一、どんな種類の問題も数学の問題に引きなおせ。

 第二、どんな種類の数学の問題も代数の問題に引きなおせ。

 第三、どんな代数の問題もただ一つの方程式を解くことに引きなおせ。」

 

こうしてデカルトをはじめとする哲学者のあとを継いで、ポリアは「問題を解く普遍的方法」について考えていくことになる。

 

『数学の問題の発見的解き方 第1巻』p.Aより

「デカルトはすべての問題を解く普遍的方法に思いをこらし、ライプニッツは完全な方法というアイデアを非常に明白に定式化した。しかし、かつて卑金属を黄金に変えると思われた哲学者の石の探求が成功しなかったように、普遍的で完全な方法の探求もまだ成功していない。;世の中には、夢のままで終わらねばならぬような偉大な夢があるものなのだ。それにもかかわらず達成されなくても、このような理想は人々に感化を及ぼすであろう:まだ北極星に行った人はないけれども、この星を見て正しい進路を発見した人は多いのだ。本書は貴方がたに問題を解く普遍的で完全な方法を提供することはできない(また、今後とも、そういう本は決して出ないであろう)が、たとえ達成されなくても、少しでもその理想に向かって進むことは、貴方がたの精神を清澄にし、貴方がたの問題解決能力を増進させるであろう。」

           …

「本書で試みる、問題解決の手段方法についての研究を、私は発見学(heuristic)と呼びたい。発見学という言葉は、かつて哲学者の中に用いた人もあったが、今日では半ば忘れさられ、その価値も半ば疑われている。しかし、私はあえてそれを用いる。」

 

また、シェーンフェルド[vi]によると

Once nearly forgotten, heuristics have now become nearly synonymous with mathematical problem solving.

Heuristic strategies are rules of thumb for successful problem solving, general suggestions that help an individual to understand a problem better or to make progress toward its solution.〜」「※ Curiously, that synonymy takes place only within mathematical problem solving. In other problem-solving domains such as AI, the term heuristics has been revived, but is generally used to refer to procedures such as means-ends analysis. In fact, heuristics of the type Polya describes are not held in high esteem in AI. There are interesting reasons for this, but a discussion of them would take us far afield.

 

 忘れ去られてしまった発見学は、いまではほとんど数学的問題解決と同義になってきたという。 また、AI(人工知能)の研究の一分野でもheuristicsという言葉が復活しているというのである。

 

これらのことから、

@ 発見学の目的は、発見や発明の方法を研究すること

A 論理学・哲学・心理学などに属する研究で言及されている

B 問題解決の普遍的で完全な手段方法についての研究(ポリアによる)

C いまでは、数学的問題解決とほぼ同義になってきている

D 同じ言葉が人工知能研究の分野にも使われるようになっている

 

のように発見学を捉えることができる。

 

 

(2) ヒューリスティクス(発見法)とアルゴリズム

 

(a)アルゴリズム

 よく認知科学や人工知能などで使われることばであるが、ここではS・クルーリックの著作[vii]を参照した。

 

「 ほとんどの算数・数学の教科書には「言葉の問題」とレッテルを貼られた節が設けられているけれども、どれもが実際に問題というわけではない。多くの場合、モデルとなる解決がすでに教師によって学級で提示されている。児童・生徒は、一連の類似「問題」を解決するために、単にこのモデルをそれらに適用するだけである。本質的にはその児童・生徒はアルゴリズムを学習しているのである。――アルゴリズムとは、1種類の「問題」へ適用する技能のことであって、しかも、機械的な誤りさえ避けられるならば成功を保証するような技能のことである。これらのいわゆる問題のうちのいくつかは、児童・生徒による高次の思考を必要とする。ただし、児童・生徒がこれらの「言葉の問題」を最初に見るときには、それらは児童・生徒にとって実際に問題となるかもしれない。

 これらの「言葉の問題」は「練習問題」または「型どおりの問題」といえる。このことは、それらをカリキュラムからはずすことを支持するというのではない。それらはある目的のために役立っており、その目的のために、それらはそのままにしておくべきである。それらは問題状況にさらすことや、アルゴリズムを使う練習や、数学的処理のいくつかを結びつけたドリルを提供してくれる。しかし、児童・生徒たちが注意深く展開されたモデルやアルゴリズムを使ってこれらの型どおりの練習問題を解決しているとき、教師は彼らが問題解決にさらされているのだと考えるべきではない。」 

 

 

アルゴリズムとは、きまったやり方でやれば、必ず解答に至るようなやり方である。また、いろいろな問題に対して汎用性もあまりなく、特定の問題にのみ適用できるものが多い。

 

(b) 発見的方法 (ヒューリスティクス)

 ヒューリスティクスとアルゴリズムは対比されて用いられる言葉である。

 もう一度、S・クルーリックの著作から引用する。

「アルゴリズムとは同一種類の問題に適用できるような技法のことであると私たちは定義した。アルゴリズムは、それが正しく適用され、しかも算法上の誤りや機械的な誤りを犯さないならば、成功を保証するものである。他方、「発見的方法」(ヒューリスティクス)とは、私たちが問題を解決するのを助けるために用いられる創造的な指針のことである。それは示唆の集まりであって、成功を保証するとは限らない。さらに、それらはアルゴリズムよりもはるかに一般的である――つまり、それらは1種類または一つの型の問題にのみ適用されるものではない。

 本質において、発見的方法は一般的な方策であり、特殊な論題とは無関係であって、個々人が問題にアプローチしたり、問題を理解したり、その問題の解決に達したりするのを助けるために、従うべき示唆のことである。特殊な問題を解決するための技法は発見的方法とみなすべきではない。例えば、2変数をもつ2つの連立方程式を解くとき、一つの変数を消去し、そして、その連立方程式を一変数の単一な方程式に還元しようと試みる。たとえn変数をもつn個の方程式について、変数の個数を(n1)個へ、方程式の個数を(n1)個へと還元することによって、この過程を一般化するとしても、私たちはいまだ、発見的方法というよりむしろ、アルゴリズムについて語っているのである。それはn変数をもつn個の方程式に関する仕事だけにかかわりをもっているにすぎないからである。」

・・・「発見的方法を適用することはそれ自体難しい技能である。各々の発見的方法をどのように(そして、いつ)用いるかということを児童・生徒に示すには、時間をかけなければならない――それは単なる記述的アプローチというよりもむしろ、規範的なアプローチである。児童・生徒に問題を解決させるとき、私たちが常に発見的方法を用いるようにしたり、それらに言及したりするのである。」

 

 

(3) 発見法とストラテジー

 

 ポリアは『いかにして問題をとくか』の裏表紙に以下のリストを記載している。

 

G.ポリア(垣内賢信訳),1955,『いかにして問題をとくか』,丸善

 

 第1に  

問題を理解しなければならない

 

 

 

  問題を理解すること

                  未知のものはなにか。与えられているもの(データ)は何か.。条件は何か

                  条件を満足させうるか。条件は未知のものを定めるのに十分であるか。又は不十分であるか。又は余剰であるか。又は矛盾しているか。

                  図をかけ。適当な記号を導入せよ。

 ◇条件の各部を分離せよ。それをかき表すことができるか。

 

 

 第2に

 データと未知のものとの関連を見つけなければならない。

 関連がすぐにわからなければ補助問題を考えなければならない

 そうして解答の計画をたてなければならない。

 

 

 

 

  計画を立てること

  ◇前にそれをみたことがないか。 又は同じ問題をすこしちがった形でみたことがあるか。

 ◇似た問題を知っているか。役にたつ定理をしっているか。

                  未知の物をよくみよ!そうして未知のものが同じか又はよく似ている、みなれた問題を思い起せ。

                  似た問題で,すでにといたことのある問題がここにある。 

 それをつかうことができないか。 

 その結果をつかうことができないか。  

 その方法をつかうことができないか。  

 それを利用するためには,何か補助要素を導入すべきではないか。

 ◇問題をいいかえることができるか。 それをちがったいい方をすることができないか。定義にかえれ。

                  もしも与えられた問題がとけなかったならば,何かこれと関連した問題をとこうとせよ。

 もっとやさしくてこれと似た問題は考えられないか。 

 もっと一般的な問題は? もっと特殊な問題は?  類推的な問題は? 

 問題の一部分をとくことができるか。条件の一部をのこし,他をすてよ。 

 そうすればどの程度まで未知のものが定まり,どの範囲で変わりうるか。

  データをやくだてうるか。

  未知のものを定めるのに適当な他のデータを考えることができるか。

  未知のもの若しくはデータ,あるいは必要ならば,その両方を変えることができるか

  そうして新しい未知のものと,新しいデータとが,もっと互いに近くなるようにできないか。

 ◇データをすべてつかったか。条件をすべてつかったか。

  問題に含まれる本質的な槻念はすべて考慮したか。

 

 

 第3に 

 計画を実行せよ。

  計画を実行すること

                  解答の計画を実行するときに,各段階を検討せよ。

 その段階が正しいことをはっきりとみとめられるか。

 

 

 第4に  

えられた答を検討せよ。

 

 

  ふり返ってみること

 ◇結果をためすことができるか。議論をためすことができるか

 ◇結果をちがった仕方でみちびくことができるか。

  それを一目のうちに捉えることができるか。

 ◇他に問題にその結果や方法を応用することができるか。

 

 

 

 

 

 ポリアはこのリストを、「数学的な考え方」とも、「問題解決ストラテジー」とも呼んでいない。 後の人々がこのポリアの考えを「ポリアのstrategies」などと言うようになったが、シェーンフェルドは、著書[viii]の中で「Heuristic strategies」という言葉を用いていた。「発見の役に立つストラテジー」ということである。

 

 算数・数学教育における問題解決ストラテジーを大須賀康宏・石田淳一[ix]は、「当面する問題を解決しようとする場合に、助けとなる問題解決の全般的な手順や解法発見の手がかりを与える方法」と捉えている。 

問題を解くことができないのは、解法を発見する前段階としての「手がかり」が掴めないためであり、その手がかりを与える方法が問題解決ストラテジーである。

 



 

 第二節

[i]竹内芳男・沢田利夫著(昭和60)『問題から問題へ』初版 第2刷 東洋館出版社 P.14

[ii] Polya,George. ”On solving Mathematical Problems in High School.” In Problem solving in School Mathematics, 1980 Yearbook of the National Council Of Teachers of Mathematics, edited by Stephen Krulik, pp.1-2. Reston, Va.: NCTM, 1980

[iii] Polya, G. (1962, 1981) Mathematical Discovery (Combined Edition). New York, NY: Willy.(柴垣和三雄・金山靖夫訳(1964)『数学の問題の発見的解き方 第1巻、みずず書房』p.66-67

[iv]岩波書店 『哲学・思想事典』,岩波書店 ,1998 第1刷 p1276

[v] デカルト (野田又夫訳)(1974) 『精神指導の法則』(第23刷改訳) 岩波書店

[vi] Alan H. Schoeneld , (1985) Mathematical Problem Solving. Orland, FL: Academic Press. P.23

[vii] 『算数・数学科 問題解決指導ハンドブック』S・クルーリック J・A・ルドニック著

 伊藤説朗 訳・解説 1985

[viii]上掲 I@) p.23

Heuristic strategies are rules of thumb for successful problem solving,〜」

 

 

第二章

 第一節

[ix] 大須賀康宏・石田淳一:楽しく学べる算数の問題解決ストラテジー, 東洋館出版社, 1986